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特集記事アーカイヴ Issue 2001.07-08

外に出て行く言葉 舗道に書かれる詩
フランチェスカ・デ・リミニに聞く

Interview: 小森岳史 Takeshi Komori
Text: カワグチタケシ Takeshi Kawaguchi

私は、イタリア人の母親とオーストラリア人の父親のあいだに、ロンドンで生まれ、2歳の時にオーストラリアに渡りました。

詩を書き始めたのは、1981年。おかしなきっかけですが、始まりはダイエット薬でした。その頃かなり太っていたので。でも、ドクターはその薬にアンフェタミンが含まれていることを教えてくれませんでした。スピード(覚醒剤の一種)の原材料です。

そのおかげでハイになっていた私に、あるアイデアが浮かんできました。「なんてファンタスティックなの。これを書かなきゃ。眠っている場合じゃないわ」って。それで一週間、一睡もせずに詩を書きました。今から思えば、それは私のアイデアではなくて、アンフェタミンのせいでしたが。その後、薬を止めてからも詩は書き続けました。

オーストラリアも1980年代はパンク一色で、友だちがバンドを始めたり、それで彼らのために歌詞を書いたり。

1984年に仕事を持ちました。それは、オーストラリア政府が始めたMedia Resource Centreで、オーストラリアや周縁諸国のテクノロジーを調査するというものです。私はそこでディレクター職に就きました。その仕事を通して、Matthew FullerやJosephine Starrs、Julianne Pierceたち、各国のメディア・アーティストと知り合いになりました。

そして1991年から、Media Resource Centreの仕事と並行して、VNS-Matrixというサイバー・フェミニストのグループに参加しました。これは主に映像を扱うメディア・アーティストのグループで、そこで約8年間、彼らの映像作品にテキストを提供しました。また、その頃始まったインターネット以前のPCネットワーク(テキスト・インターフェースを用いたバーチャル・コミュニティ)の中で、膨大な量のテキストを書きました

次の大きな転機は、1996年に日本に来たときのこと。6週間の京都滞在中、私の中に、"doll yoko"というキャラクターが誕生しました。"doll yoko"というのは女の子の亡霊なんです。

日本で翻訳の仕事をしている友達と、自転車で山に登りました。私は自転車なんて30年ぶりだったので、乗り方も忘れてしまってるんじゃないかと心配だったけれど。

山の中腹に小さな池があり、彼女がその池にまつわる伝説を教えてくれました。狂った女がその池で、赤ちゃんの人形を溺れさせる話でした。それは、初めて日本に来て、いろいろな人の話を聞いたなかで、最も印象的なものでした。私は濁った池に沈められる人形の感覚を体験しました。イマジネーションの中だけでなく、実際の肉体的な感覚として。

その時から、自分の中に、自分とは別のパーソナリティとして"doll yoko"が生まれました。私は京都から、ニューヨークにいるRicardo Dominguezに手紙を書きました。Ricardoは、ニューヨークで活動するメキシコ人のザパティスト・ライターです。

コンピューター・ネットワークを使って、社会性の強いメッセージを発信しています。彼はdoll-yokoのストーリーを読んで、とてもポエティックだ、と返事をよこしました。それからです、私がしばしば"doll yoko"という名義で作品を発表するようになったのは。

現在私は、ローマとニューヨーク、そしてオーストラリアのアデレードを行き来しながら創作活動をしています。

ローマには生活の拠点があります。ボーイフレンドのMarcoと暮らしながら、イタリア人の主婦のキャラクターを演じています。古き良き50年代のソフィア・ローレンのようにグラマラスなイタリアン・ハウスワイフ。ローマでは、貧しい移民の多い地域に住んでいます。だから、書くべきストーリーには事欠かないというわけです。

また、最近はイタリア語で詩を書いています。もともとローマでも母国語である英語で書いて発表していたのですが、意思疎通の面でのフラストレーションがだんだん大きくなってきて、それでイタリア語で書いてみることにしたのです。母はイタリア人ですが、私のイタリア語は本当にひどいので、苦労しながら書いています。

内容的にも、英語で書くときとは大きく異なるような気がします。イタリア語で書くときのほうが、よりエモーショナルでメランコリックです。一方、イタリア語でも書くようになってから、英語の詩は、よりアブストラクトになりました。外国語で書くということは、とても難しいのですが、パズルのような面白さもあります。また、外国語で書くという制約が、逆にクリエイティビティの源になる場合もあります。とはいっても、私の場合はまず英語で考えて、書き始めるときに、それを表現するイタリア語を探すという感じです。あるいは、コンピューターの翻訳ソフトを使ってみたり。は"Bubble-fish"という英伊変換ソフトが気に入っています。時にはおかしな変換をしてしまうこともありますが、それがかえってインスピレーションになるのです。

ローマでは詩の朗読はほとんどしたことがありません。たまに友だちの詩人のFabioが朗読会をオーガナイズすることがあるので、聞きには行きます。何人かの若い詩人と有名な詩人をカップリングして行われる伝統的なスタイルの朗読会です。

でも、イタリア語の詩を完璧に理解することは私にはまだ無理なようです。ローマの観客は皆、静かに座って詩人の声に耳を傾けるという感じです。同じ人たちがロック・コンサートに行くと、踊ったり叫んだり大騒ぎをしているのに、おかしいですね。日本のリーディングの観客もそうなのでしょうか

どちらにしても、ローマのポエトリー・リーディングのシーンはとても小さなものです。概してイタリアの若い詩人は、朗読やパフォーマンスよりも出版に重きをおいているということも、その一因ではないかと思います。ローマでは、非常に質の高いアンダーグラウンド・マガジンが数多く出版されています。また、"Assulti Frontari"のような詩的なリリックを持ったヒップ・ホップのグループも出てきていますし、そのような刺激を受けて、今後ポエトリー・リーディングが活性化していく可能性はあると思います。

昨年の9月から8ヶ月間、アデレードのMedia Resource Centreで、アボリジニの伝承医療の研究をしていました。これは彼らの神話と密接な関係があるもので、長期に渡る複雑な調査です。非常にハードなもので、そのあいだは詩を書く時間もないくらいでした。現在、オーストラリアにはウラン採掘会社と土地の所有権をめぐって争っているアボリジニのグループがいて、それは非常に大きな訴訟になっています。そのグループと接触して、彼らの用いる神話的シンボルと伝承医療の関係を聞き取るというのが、私の主な仕事です。

ローマにおける詩の位置がどちらかというと伝統的なものであるのに対して、オーストラリアでは詩はよりコンテンポラリー(同時代的)なものとして受け取られているようです。シドニーではポエトリー・リーディングが盛んに行われていて、毎週のようにスラムを開催しているパブやカフェがいくつもあります。多分、アメリカ文化の影響が強いのでしょう。

私は詩人ですが、作品を発表する方法として、単に出版や朗読だけではなく、もっと多角的なアプローチを試みたいと思っています。たとえば、インスタレーションや映像作家、役者、ダンサーなど、他のジャンルのアーティストたちとのコラボレーションを通じて。また、ウェブも含めて、ニューヨークでは、そういったコラボレーションに数多く参加しています。ライブ・パフォーマンスにおける詩の可能性を、詩人本人の朗読だけに狭めてしまう必要はありません。

先日、カナダのモントリオールで行われたDiane Ludinのプロジェクトのために、私は預言(oracle)の形式で非常に長い一篇の詩を書きました。そこにDanielle Salvatiが音楽と映像を付けて、観客に提示するというパフォーマンスを行いました。

テキストは朗読されるのではなく、ビデオ映像の中で文字として浮かんで消えます。この詩の場合は、音声ではなく視覚に訴えることで、観客により伝わるものがあるのではないかと考えたからです。それには、高価なソフトウェアがいるわけではなく、普通のコンピューターが1台と30ドルのプロジェクター、そしていくらかのアイデアがあれば、誰にでもできることです。来年の1月には、このパフォーマンスを東京で行う予定です。

詩は、あなたひとりのノートのページに書かれるものがすべてではありません。舗道にチョークで書かれる詩もあれば、ビルボードに点滅する詩も、人々のいる空間に向ってささやかれる詩もあります。日本の若い詩人のみなさんも、どうかシャイにならず、いろいろな方法を試してみてください。詩を自分の部屋に閉じ込めてしまわないこと。詩を持って外の世界に出て行くこと。詩はコミュニケーションそのものです。

それが一番大事なことだと私は考えています。

(2001年6月2日、原宿にて)

Francesca da Rimini [Gash Girl / doll yoko] フランチェスカ・デ・リミニ
言葉による詩作だけでなく、メディア作品・ビジュアル作品など、その活動は多岐に亘り、コラボレート作品も多い。現在はローマとオーストラリアをいったり来たりの生活。最近の主な作品に「id-runners」(2000)「ghost fields」(2000)などがある。

WEBSITE: http://sysx.org/gashgirl/


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